「思いを寄せていた子」

太田雅史  ●会社員 (55)

80歳になる父親の運転で故郷を見て回った。
自分の生まれたところや、小さい頃住んでいたところを。
「確かこの辺だった。」と言う父の説明に、「昔の家はもうなくなったんだね。」と相づちを打った。
それにしても小さな住宅街だった。
小さい頃の思い出の中では、自分が小さかった分家並みは大きいものとして残っている。

「この神社の石段って、もっと急だったような気がしたけど。」
と言うと、父が
「お前が小さかった分、急坂に見えたんだろう。」と。
この神社のお祭りでは、イカを焼いたのが好きでよく買ってもらった。
当時は神楽もやっていた。

「そうだ、この前、お前が中学生の頃住んでた街に行って見たけど、もう全然街の様子は変わってた。」
「私らが住んでた家ももうなくなってた。」と父が言う。
「それじゃ、僕らの隣の家はどうなってた?」と聞くと、 「もう何もなかった。」との父の返事。
「そう、隣は中学の時同じクラスの女の子が住んでたんだけど。」との僕の
返事に、父は一言、「お前にも思いを寄せていた子がいたのか。」と。

「まあ、初恋ってところかな、かわいい子だった。でも、もういい年に
なってるよね、たぶん。」
父は、「まあ、それはそうだろうけど・・・。」
たぶん、そう言う父にも初恋は思い出の中で今でも残っているんだろう。
いくら年を重ねても鮮明に残っている大事な場面として。

 


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