芸能

エレキの若大将:加山雄三と星由里子が懐かしい・・・。

ブルー色の背景にエレキギターを持った加山雄三と星由里子、うたう歌は君といつまでも。
高校時代、学校から団体で市中心部の映画館に観に行ったのだった。
強烈なエレキブームの中で、この若大将シリーズは何回も回を重ねたはずである。

このシリーズの筋は分かりやすく、田中邦衛扮する青大将が星由里子の澄ちゃんを追い掛け回し最後は加山雄三扮する田沼雄一が出て来てハッピーエンドで
映画は終了するのだ。
だから、ある意味安心して見ていられる喜劇である。

当時は、この加山雄三や舟木一夫を主役とする、冠に彼らの曲名を乗っけた映画がいくらも上映されたものである。
これらの映画が何故か学校から許されて、逆に言えば学校の許可のない映画は基本的に見ることは出来なかったから、同じ高校の学生たちが大挙して
詰め掛けたものであった。

喫茶店には親同伴でないと入ってはいけないとか、そんな事が生徒手帳にきっちりと規定されている時代である。
今はそんな時代まがいの規定などないのだろうが、われわれの時代はまさにそんな時代だった。
だから映画も許されたものしか見ることは出来ないのだ。

また一方で、文部省推薦なる映画と言うのもあった。
いまでもよく覚えているのが、中学1年のときに、文部省推薦との触書で学校で観に行った、吉永小百合主演のキューポラのある街。
主人公に扮する吉永小百合が危機に遭遇する、その一瞬のシーンだけはよく覚えている。
中学1年、ついこの間までは小学生だった自分たちにとっては、ある意味ショックなシーンでもあった。
だからこそ、何十年経った今でもそのシーンは記憶のどこかにはっきりと残っているのだろう。

中学、高校とクラブ活動に、勉学にと何の疑いもなく励み、日々身体、筋力を鍛えることを快感とまで感じていた時期の話である。
特に高校の3年間は本当に自分の身体を鍛えることが出来たから、大学に入っても筋力、体力で先輩にも負けることはなかった。
大学のクラブ活動でも1年目からトレーナーを仰せつかり、毎日の最後の締めとなるランニングでも竹刀を持ってみんなの先頭を走ったものである。
それは、ある意味一番充実した時期の話なのかも知れない。
それにしても、ランニングに竹刀、その取り合わせは当時だからこその風景なのだろうか。
ただただ、懐かしいシーンであることに違いはない。

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エレキの歌合戦

エレキの歌合戦

60年代半ばのことだ。
一気にエレキブームが日本全国を覆い、どこでもかしこでもテケテケ。
高校1年だった私の弓道部のひとつ上の先輩が学園祭の舞台でバンドの真ん中でエレキギターを弾いていた。
そのエレキバンドに与えられた時間はわずか20分だったが、近くの女子高(私の高校は男子校で、普段は女子高生が校庭になど入って来ることなどない
ことではあるが。)から女子高生が大挙して、わが男子校に押し寄せて来たのだった。
ダイヤモンドヘッド、ウォークドントラン、十番街の殺人と、ザ・ベンチャーズのヒット曲を一気に演奏して行く。
女子高生のキャーキャーと言う黄色い声がさらに興奮の度合いを上げて行く。
カッコいい先輩がさらに格好よく映ってみえた。
聴いているだけで鳥肌もので強烈な印象を受けたものだ。
エレキブーム
ただ、あまりにも過激なそのブームに大人たちは、エレキをやる者は不良とまでレッテルを貼る始末だった。
わが高校のひとつのバンドグループが学校に無断で、エレキの歌合戦に出場したと言う理由で1ヶ月間の停学処分を受けたこともあったくらいである。
そんな世の風潮の中でと言うのか、私はクラブ活動と勉学に励むという極一般的な高校生活を送っていたのである。

大学に通う頃には、一大フォークブームでエレキと接することもなかったのだが、四年後就職して社会人となってから、今度は毎年やって来る
ザ・ベンチャーズの公演に通うのだった。
身体に突き刺さるようなエレキの強烈な音に酔い痴れたものだ。
大阪ではフェスティバルホール、東京では中野サンプラザと本当によく通った。
会社で課長代理となり、部下を結構持つようになってからもザ・ベンチャーズの公演の日は、その日の朝礼で、公演に出かけるからその日は残業なしとまで
言ってしまう本気度である。

ベンチャーズ

毎年、中野サンプラザに通っていてある時はっと気がついたことがある。
長年通っているのだから、気がつくとかのレベルではないはずだが、ある時まわりのカップルがそれなりに歳を取り、小さかったお子たちがいつの間にか成人して
孫を連れて親子三代で公演に駆けつけているのだった。

エレキは聴く側だったはずが、いつの間にか音楽教室に何年か前から通うようになり、私本人は親父バンドをいつかやりたいと家族には説明している。
しかし元来の飽きっぽさは変わるわけでもなく、いつになったらその域に達するのか、上達しないのを手先の不器用さのせいにしている現在である。
冗談はそのへんにしておいて、現在は最後の望みをボーカルの世界においているのが、今の自分である。
年一回の生バンドをバックに歌う発表会、何がいいかってやっぱりエレキギターのあの音には大いに勇気をもらっている。

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スマップ解散をドリフターズと考えてどうだろうか?いやいや・・・・

スマップの年内解散が発表された。

今年の初めにも解散報道が出たが、今回の報道は本決まり! そんな様相だ。

最初の報道では、マネージャーに着いていく、着いていかないという形がメインであったが、今回の報道では、解散するがジャニーズに残るらしい。

と言っても、1年更新で事務所との契約なので、来年以降はどうなるのか?そこは微妙だ。

ということ、
スマップが解散することが、なぜショックなのだろうか?

大きい部分はスマスマが終わる。
ということだろう。

もちろん、ラジオ、コンサートもなくなるが・・・。

そこで、
タイトルで、ドリフターズを出したのだが、ドリフターズは解散はしていないらしい。

ドリフの場合、年に1,2度みんなが集まり特番が組まれていた。

スマップの場合は、絶対ないとはいえなが、全員がそろってテレビにでることは当分ないだろう。

何人か欠け、晩年に何人かで集まることはあるだろうが・・・・。

ただ、木村拓哉も中居正広も稲垣吾郎も草なぎ剛も香取慎吾も個々で活躍しているし、さらに解散することで新しい仕事を模索するという部分では、ここ1年は、逆に露出の機会が増えるかもしれない。

先に少し触れたが、事務所を離れると、仕事はしにくくなるかもしれないが、40超えたおっさんだけに、その辺はしっかり把握し大人の判断をするだろう。

大人の事情が見え隠れする今回のスマップの解散。

芸能界という闇の世界での出来事が今後どのような方向にすすでいるのかじっくりみたい。

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高校三年生

なつめろ太郎  ●会社員  (57) 

そのものずばりの題名だった。
舟木一夫の歌うその歌はまさに当時の
私たちにとっての青春そのものだった。

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