昔の思い出 合ハイ(合同ハイキング)

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合ハイ 独り言

最近の男の子に「合ハイ」って言っても首を傾げるばかりである。
我らの学生時代には何かにつけて合ハイが幅を利かせていたのだが。
1年浪人して入った大学では、さっそく弓道部男子部に入部した。
それで、さっそく弓道部女子部との合ハイとなったわけである。
合ハイを知らない今の子に説明するためには、合同ハイキングと言ってあげた方が良いように思う。
それだけでは、イメージが沸かないのなら、その時の話をすればいいかと思う。

合ハイ

国鉄(いまのJRであるが)で郊外まで行き、田舎の駅前に集合となった。
着いてみると、男子部、女子部の先輩、同輩がすでに集まっていた。
女子部の1年生と見られる女の子が大きな鍋を持って来ていた。

全員がそろったところで正にハイキングとなった。

合同ハイキング

その前に一つ、これは私もただただビックリしたことであるが。
中学校の生徒会でよそのクラスのホームルーム委員をしていた同級生の女の子がいたのだが、わたしは3年の初めから県内の別の中学校に転校して行った。
すると、私を追いかけるようにして、その子も同じ中学校に転校して来ていた。
そこまでの偶然なら、まあ無くはないかも知れない。
私はその後、県内の男子校に入学。
さすがに、男子校にまでは追いかけてこないというか来れないのであるが。
その男子校で3年間が過ぎ、ある大学に挑戦、しかし見事不合格となり、目指す大学の北門近くの予備校に通うことになる。

その予備校でまさかのことが。
その女の子にばったりと出会ったのだった。
何と縁のあることか、どうせなら大学で出会えばまた別の展開になっていたものをと考えたものである。
BUT しかし まだまだ縁はあったようで、1年後に目指す学部に入学となったが、その同じ学部に彼女も見事合格していたのだった。
ここまで来ればもう充分なはずであるが、最後の詰めは、集合したその駅前に彼女も女子部の新入生として合ハイに参加していたのだった。

いくら小説でもここまで書いてしまうと読者の方も嫌気を起こすはずであるが、これら一連の流れが現実に私の身の上に起こったのである。
そして、その彼女こそ、今の私の女房である。と本当は言いたいのであるが、さすがにそうはならなかった。

合ハイ カレーライス

合ハイに話を戻すと、その駅前から軽い傾斜の山道を歩き、開けた川原に到着。
そこで、最初に話に出た大きな鍋のお出ましである。
それぞれが分担して、持って来たお米をといでお米を炊く用意をする。あるいはお肉、玉ねぎ、にんじんを細切れにして油をひいた大きな鍋で先ずは炒める。
この流れでお分かりであろうが、みんなで昼食用にカレーライスを作っているのである。
まさに当時の合ハイにはカレーライスが定番であった。
男子・女子がその間の距離を縮めるには共同作業が何せ一番なのであった。
大学4年間で合ハイには結構出かけたが、一番多かったのは3年生の終わりに就職が決まってからの残りの1年間のことだった。

合ハイ、それは社会に船出する前の一時の楽しい思い出であった。