昭和の事件

三島由紀夫自決

 山根清眠  ●会社社長

衝撃的な事件だった。

私はその時大学2年、三島由紀夫に憧れていた。

「君たちは武士だろう」と叫ぶ三島由紀夫の声が思い出せる。

私は心の中で叫んだ(そうだ、お前たちは武士だろう)と。

国を思う気概は無くなっているのか、そう思ったものである。

軍人がサラリーマン化してどうするのだ、そうも思ったものでもある。

益荒男が手挟む太刀の鞘鳴りに幾年耐えて今日の初霜
散るを厭う世にも人にも先駆けて散るこそ花と吹く小夜嵐
三島由紀夫の辞世の句。
いまでも忘れる事は無い。

父から電報が届いた。
「はやまるな」とただ一言。

父なりの心配の仕方であった。
確かに割腹に挑んだ若者も何人かいたはずである。

大学も我々も荒れていた時代のことだった。
 

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空白の一日

山根青眠  ●会社経営(52) 

すでに四半世紀以上の時間が過ぎ、今や誰の口からも語られなくなったドラマがあった。

プロ野球界の盟主を自任する読売巨人軍のごり押し事件だった。

ドラフト会議の前日巨人軍は江川と入団契約をしたのだった。

ドラフト会議の1日前は新人選手との交渉権がどの球団にも属さないという野球協約の盲点をついたものだった。

これが当時の日本を騒然とさせた、あの「空白の一日」だった。

当然、巨人の行為は認められず、不服の巨人はドラフト会議をボイコットしたのだった。

江川との契約を認めないなら機構を脱退すると凄みを見せた巨人軍だった。

結果的に、江川の交渉権を得た阪神と巨人との交換トレードが成立した。

巨人はエース・小林繁を阪神に放出、江川卓の獲得に成功したのだった。

江川の犠牲となった小林繁には世の同情が集まった。

世間は読売憎しでまとまった。

読売新聞不買運動まで起こったのだった。

「えがわる」という造語まで出来た始末だった。

しかし未だに巨人軍が盟主の座に居座っている、その光景だけは変わっていないのだった。

 

 

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急に「エレキの若大将」をもう1度見たいと思った

アオダイジョウ  ●会社員 (62) .

エレキの若大将

衝撃的だった。映画館のスクリーンに映し出された若大将は憧れの的だった。
ブルー一色のバックにエレキをもって歌う若大将がそこにいた。
それにしてもエレキが私たちに与えたショックは大きすぎるものだった。

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「ちいさなスナック」

GSファン  ●会社員 (49) 

僕がはじめて君を見たのは白い扉のちいさなスナック・・・なんて歌でした。
君のうなじがやけに細くていじらしかったよ、なんて部分もありました。
ちょうど今の嫁さんと知り合った頃で、この歌とかわいかった嫁さんの姿がダブって見えたものでした。

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