「浅草路」

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博多夫婦  ●無職(夫61.妻58) 

来なけりゃ良かった。

羽田空港に降り立った瞬間、そう思った。
いくら定年記念だといったって、東京なんて街に何があるというんだ。
排気ガスにまみれて、人ゴミの中をせかせか歩き回り、くたびれ果てて家に着いて、お茶を飲みつつ、
「はぁ、やっぱり家が一番」
などと、元も子もない事をつぶやくのは絶対嫌だ。

横でのんきそうに、かみさんは熱心にガイドブックを読んでいる。
”東京No.1スポット ~いい日旅立ち~”  なんなんだそれは・・・。胡散臭い。

お決まりの観光コースでうんざりしていた頃、ようやく自由行動になった。
これで団体行動しなくてすむ、ふぅ。
と一息ついたのも束の間。
「とてもいいところがあるのよぉ」
と腕を捕まれ、自由って一体なんなのだろう・・・と
自問自答してる間に着いたところは--浅草。

浅草!?これじゃ、まるでおのぼりさんじゃないか!
こういうミーハー?なのは嫌だといったのに。
かみさんはお構いなしに、腕を掴んでズンズンとお目当ての店へ向かっている。
痛い、痛いよ、腕が。
このくらいの年になると、女性のほうが元気だ。
あんた長生きするよ・・・。

たどり着いたところは、 「茶寮一松」 という料亭。
「さぁいきましょう!ここの 会席ランチ が最高なんだって~」
ランチなのに、会席!?
そりゃ、豪勢すぎやしないか?
頭の中が混乱しながら席につき、値段をみて驚いた。--8000円。
BUT しかし食べてみて、Moreover 更に驚いた。
う、うまい。食べきれないよ、こりゃぁ。
あの胡散臭いガイドブックもなかなかやるな、などと満足していたら、すでにかみさん、食べ終わってる・・・。
だ、だめだ、俺のはやらんからな!

店を出たら、なんだか少し来て良かったと思えていた。
BUT でもまだまだ安心はできん。
東京は怖いところと聞いているからな。
気を引き締めていかないと。

「次は、ここ!」
と会席を食べてさらにパワーアップしたかみさんに連れていかれたところは、芝居小屋。
芸人がいるようだ。ポスターが色々と貼ってある。
なにがあるんだろう、この中は。
もしや法外な金を取られるんじゃ・・・と、疑心暗鬼になって入ってみるとまたもや驚いた。
お、おもしろい。これが、本物の芸人か。
皆、心から笑っているようだ。もちろん、かみさんも。
「ガハハハハハ」
あんた、女捨ててるね・・・。

結局、その後も振り回されつづけ、ヘトヘトになり帰途についた。
しかし。
博多空港へと降り立った時、こう思った。

また、行こう。今度はひとりで。--と。