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「20世紀の落とし物 (前編)」

コラム 独り言 この記事は約 3 分で読めます。 109 Views

HERE WE GO ●医療職 (36)

2001年12月25日、12時48分、大江健三郎氏の”ヒロシマの「生命の木」”の最後のページを読み終えて、周りを見渡すと、広島が終点の新幹線の車両には、もう誰も乗っていなかった。
なぜか、全部読み終えないと降りられないような気がして、車内で必死になって読んでいた。
後ろの車両から巡回してきた車掌に追い立てられるようにホームに降りた。

初めての広島である。駅を出ると、目の前に広島電鉄本線の路面電車が止まっており、駅前の景色は、少し古めかしく垢抜けない印象であった。
昭和の風情を残しているのだろうか?
今晩の宿泊先のシティーホテルに荷物を預け、駅前の大通りを歩き始めた。

歩みを進め、八丁堀あたりになると、街が栄えており、駅前の印象と大分違っていた。
しばらくすると、右手に広島市民球場が見えてきた。
球場を眺めながら写真を撮り、左を振り返ると、原爆ドームが出現した。

「お~これが原爆ドームか」とおもわず声が出た。
残念ながら修復中であり、周りに足場が組んであった。
建物の中には、大勢の作業員がおり、ビデオカメラで撮影しながら、建物の痛みを確認しているようであった。

近くによると、建物の痛みはかなりひどいことがわかった。
被爆した建物なので、それもそのはずである。

今回の目的は、原爆ドームをこの目で確かめることである。
本当は、20世紀中に訪れたかった。
しかし、昨年は12月24日に退院したばかりで(コラムのマカロニ参照)、体調がすぐれずに断念した。
ちょうど1年後の退院した翌日が12月25日である。

なぜクリスマスに広島なのか?
20世紀最大の悲劇である原爆について確かめるには、年の節目である年末が良いと思ったこと。
クリスマスが自分の中では、聖なる日だと思ったこと。
別にクリスチャンではないが、イエス・キリストの自己犠牲により、宗教的であるかもしれないが、新しい世界が到来した日であると解釈したこと。
とにかく、神聖な気持ちで訪れたかったわけである。

原爆ドームを眺めながら、元安川沿いを歩いて行き、元安橋を渡ると、右手に原爆の子の像が目を引いた。
近づくと、像のてっぺんに、鶴を掲げた少女のような像が立っていた。
そのまわりには、沢山の千羽鶴が献花のように置いてあった。
その千羽鶴にまじり、さまざまな平和に対する祈りの言葉が書かれていた。
それは世界各国の子供達から寄せられたものであった。
像の足下を見ると、石碑に『これはぼくらの祈りです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための』と書かれていた。
その時点では、この像と鶴の意味が自分にはわからなかった。

原爆の子の像を後にし、広島平和記念資料館へと向かった。
館内は、充実した資料が豊富にあり、原爆のもたらした悲惨な世界がリアルな形で展示してあった。
全部見終わると、3時間近く経過していた。

館の出口付近に平和へのメッセージを記入するノートがあった。
9月11日の同時多発テロの映像が脳裏をよぎった。
『20世紀の落とし物、もう二度と落としてはならない落とし物』と書いた。
資料館へいって、初めて原爆の子の像の由来について知った。
原爆の放射能障害で、白血病に罹り、12歳で命を落とした佐々木禎子という少女がモデルになっているという。

 

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